心(その3)



 (私は一体・・・)

 プルツーは考え込んでいた

 走ってここまで来るときは、無我夢中だったので何も考えられなかった。

 しかし、少し落ち着いて自分のやった事を改めて考えてみると、気が変になりそうだった。

 (私は 私は・・・)

 答えの出ない堂々巡りを、プルツーはしていた。

 (ううっ・・・)

 ‘グスン’と鼻をすする音がした。

(泣いている? わたしが・・・)

 プルツー自身、驚いた。

 プルと二人で生きていこうと思ったときから、プルツーは泣かないと決めていた。
 
‘「感情的になるのは得策ではない。それは自分の心を見せてしまう事だ。それは人に心を許すことになる」’

 そう自分に言い聞かせて・・・。

 店で笑顔になるのも、プルツーにとって演技の一つなのかもしれない・・・。

 (何で泣くんだ? こんな・・・)

 今まで抑えてきた、さまざまな感情が一気に爆発した。

 ―喜び 悲しみ 怒り 楽しい そして・・・―

 それはまるで、パンドラの箱を開けたようだった。一気に感情の波がプルツーに襲いかかった。プルツーにはまだ抑え込むには箱が小さすぎたのだ。箱の大きさは、年相応である。

 その小さな箱に抑えていたものを出しきったとき、プルツーは自分でも気が付かないうちに泣いていたのだ・・・。

 (もう、プルやグレミーに会わせる顔がないな・・・)

 心の中は、悲しみでいっぱいだった。何故悲しいのか、プルツーにもわからなかった。

 ただ、心の中が寂しいのは確かだった。何故かそれは自分でもわかった。

 ‘グスッ グスッ’

 また、涙をぬぐう。

 (あっ・・・)

 さっきは気が付かなかったが、よく見ると制服の袖に化粧が付いていた。

 (こんなグシャグシャの顔じゃ、本当に会わせる顔がないや)

 少し自傷気味に言って、笑った。

 プルならここで『エヘヘ。ごめんね、グレミー』って言うのかもしれないが、プルツーは‘会わせる顔がない’と、‘これからどうしようか’と考えていた。

 プルツーにとって、そのようなことを考える方が気分がよかったのである。そのほうが気が紛らわせるからだ。

 しかし、それもほんの少しの時間だけだった。ふと我に返ると、また心が悲しみで一杯になった。

 また、泣き出しそうなのを抑える。『強く生きて行こう、泣かないように生きて行こう』と思った自分が、いまここで泣いてしまうと自分が自分でなくなる気がしたから抑えている。

 だが、小さな箱はもう限界を超えていた。先ほど箱が一度壊れたのである。緩くなった箱は、また簡単に壊れてしまう。

 声に出して泣こうとした・・・。






 「ここって、意外と広いな・・・」

 プルツーは、後ろからの声に振り向いた。座っていたため、首だけを後ろに向けた。逆光で顔はよくわからないが、知っている声と体格だった。

 泣き顔を見られたくないと涙を拭きつつ慌てて正面に向き直すが、もう見られてしまったようで遅かった。

 「おまたせ、プルツー。さがしたよ」

 プルツーは、背中に‘ゾクゾクッ’とこそばゆいものを感じた。

 慌てて袖で涙を拭き、今度は体ごと振り返った。

 今度は少し、姿形が見える。しかし、プルツーには誰だかわかっていた。

 声の主は、前かがみの姿勢で、両手を膝の上に置いている。

 よほど急いで来たのか、‘ゼイ ゼイ’と息を乱している。

 「ここ 思ったより・・・広いなぁ」

 言葉の節々で息継ぎをする。まだ呼吸が整っていない証拠である。

 「どうしてここに来たんだ?グレミー」

 言うが早いか、すぐさまグレミーに背中を向けいつもと同じような口調で言った。

が、勢いが無く弱々しかった。

 「どうしてって・・・プルが『プルツーがいなくなったんだよ〜』なんて言い出すから・・・」

 先ほどより少しはましだが、まだ息が荒い・・・。若干ではあるが、呼吸のために会話を中断した。

 「それで、私を探しに来た訳か・・・」

 「それでって・・・」

 グレミーはそれから先、何かを言いたそうだったが、言葉を飲み込み言うのを止めた。

 呼吸したように、上手くみせて・・・。

 「そうだよ、プルツー。プルだって、もちろん私だって、急にいなくなれば心配するさ」

 「そうか・・・。ならもう心配することはない。私だってもう大人だ。一人で帰れる。だから・・・」

 グレミーは、後ろ向きのプルツーに対して無言で近づき、そして横に座った。

 「なーにが『大人』だ。私とちょっとしか年齢が変わらないくせに・・・。」

 そう言いながら、グレミーはプルツーの頭を‘クシャッ’と撫でた。

 「まぁ・・・そんな少女を雇っている私も私なんだけどね」

 グレミーは少し笑いながら、プルツーの顔をみた。

 しかし、プルツーはうつむいたままで、グレミーの方を向こうとはしなかった。

 グレミーの手のひらには、泣くのを必死で我慢しているプルツーの震えが伝わってくる。

 (グレミー・・・頼むから私を一人にしてくれ・・・そうじゃないと・・・)

 「プルは、『プルツーがいなくなったのは自分が原因だ』っていってたけど・・・そうなのかい?」

 グレミーは、子供に話しかけるように優しい声でプルツーに話した。

‘フル フル’

 プルツーは何も言わなかったが‘ちがう ちがう’と首をふって答えた。

 (うーん・・・私が店を出る時の様子からみて、原因はプルにあったと思ったんだけどな?)

 グレミーは自分の予想が外れたと思った。

 が、それはそれで良いことにした。『原因がプルじゃない』ことが分かったからだ。

 「じゃあ、もうプルとの問題は解決したのかな?そしたら、何でこんなプルツーらしくないことを・・・」

 ‘フル フル’

 また首を振る。

 「ん?違うのかい?」

 優しい声でまた話した。

 「違う、違う。原因はプルじゃない。原因は私・・・」

 「え?!」

 最後の『私』の部分は、とても細く小さな声だった。グレミーも、このような状況ででなければ、あまりにも小さいその声を聞き逃していたであろう。

 「そっか・・・。その原因、もし良かったら、私に話してくれないか?」

 「え!?」

 今度は、プルツーが聞き返した。

 「あ、もちろん『よかったら』でかまわないよ。その原因がは姉妹の問題かどうかわからないけど、もしそうなら姉妹の問題は姉妹同士のほうがいいからね。そういう問題に、私が口を挟むのはスジ違いだからね」

 プルツーはこの時点で、初めてグレミーの顔をみた。

 ‘ドキッ’

 (話せる訳・・・でも・・・)

 グレミーの顔を見たが、また静かになり、うつむいた。

 (あらら・・・)

 「やっぱり無理ならいいよ。私が口を出すことじゃなく姉妹で解決・・・」

 「本当か・・・?本当に話を聞いてくれるのか?」

 (あらら、今度はOKなの)

 グレミーの表情が、すこしゆるんだ。

 「ああ。プルツーが話してもいいのなら、私は聞くよ。そしたら(何でいなくなったか)原因もわかるしね」

 「本当か?本当に聞いてくれるか?」

 「ああ、聞くよ。だから話してごらん」

 顔を近づけて、表情を見ようとしたが、プルツーのほうが顔をそむけた。

 「ごめん、グレミー・・・。柄にも無く泣いちゃったから、化粧が・・・」

 袖で、また顔を拭く。

 「あぁぁ〜。ほら、これで拭きな」

 グレミーはポケットからハンカチを取り出すと、プルツーに渡した。

 「でも・・・汚れるよ?」

 「ん?大丈夫だよ。汚れる為にハンカチってあるんだから」

 太陽のような笑顔で、グレミーは返事をした。グレミーが持つ不思議な力・・・。その笑顔で誰もがなごんでしまう・・・。

 「ごめん・・・ありがとうグレミー」

 そう言って、ハンカチで顔を拭いて、グレミーにそれを返した。

 ・・・その顔はいつもと大きく差がなかった。全部涙で流れてしまったのか、それとも元からナチュラルに近いメイクだったのか・・・

 「プルツー・・・。いつもと同じだな・・・。本当に化粧をしていたのか? っていうより、してない方が艶っぽいって言うか・・・イイと思う・・・」

 最後の方は、顔が赤かった・・・。

 メイクはちゃんとしていたのは、確かであった。袖の部分が汚れていたし、ハンカチも(袖に比べれば少量だが)汚れていた。

 「・・・そうか?」

 そう言ったプルツーの顔も、すこし赤かった。

 「あっ、ごめん。話を聞くんだったよね・・・」

 頭をポリポリと掻きながら、顔を下げて‘反省’のポーズをとった。しかし、その行為は‘ダミー’であり、本当は照れて赤らめている顔を見られたくなかった。

 (カァ〜・・・。照れるんなら、言わなきゃ良かった。たとえ‘イイなぁ’っと思ったことでも)

 プルツーはその姿をみて、‘ククッ’と笑ったが、声には出していない。

 「あのな・・・グレミー・・・」

 まだ反省のポーズを取っているグレミーに、プルツーはいきなり話しかけた。

 「グレミー・・・この中に何が見える?それが見えたら話すよ・・・」

 そう言って、手をグレミーの目の前で組んだ。

 「ん?この中を見ればいいのかい?」

 完全に疑問形で、答えた。

 「そうだ・・・何か見えたら教えてくれ」

 疑問な感じは抜けきっていなかったが、グレミーは片目をつぶり、プルツーの組んだ手の中を覗いた。その動きは、鈍かった。やっぱり‘照れ’があるようである。

 「うーん、見えないなぁ・・・小さいのか暗いのか・・・」

 くまなく中を見たつもりだが、何も見えなかった。

 「そうか・・・」

 残念そうに言うと、今度はグレミーが

 「いや、悪いのは私の方だよ。プルツーの手の中の物が見えなかったんだから・・・」

 力なく、申し訳なさそうに言った。

 「じゃあ、私が『いい』と言うまで、両目を閉じてくれ。そしたら手を広げるから、中の物を言い当ててくれ」

 「何だぁ?結局、私に聞いてほしいのかぁ〜?」

 ちょっとトゲのある言い方だったが、顔は笑顔だった。

 「・・・無駄口はいいから。それに、『手の中の物に見えたものを私に教える』のが話を聞く条件だったでしょ?」

 いたずらっぽくそう言う。グレミーもしぶしぶ・・・

 「うっ・・・確かに」

 といいつつ、先ほどと同じ高さ ―プルツーが手を組んでいる高さ― で両目を閉じた。

 「これでいいかい?」

 「うん、まぁ そんなもんだろう。じゃあ私が『いい』というまで、絶対に目を開けるなよ」

 「わかったよ、プルツー」

 (いつも通りのプルツーに戻ったのか・・・?話す気になったからか?)

 目を閉じながら、そんなことを考えていた。

 プルツーは、グレミーが返事をした後少し間をとった。本当に目を閉じているのか、確認したのである。

 その確認が終わると、プルツーは組んだ手を開いた。手には何も持っていない。グレミーの最初の答えが、正しかったのだ。

 (グレミー・・・本当にバカ正直な奴だ)

 プルツーは片手を付き、少しグレミー側に身をよりだした。

 「やっぱりグレミーには、話せないよ・・・」

 プルツーは、あまりに小さな声でそう言った。グレミーは『いい』と言われてないのに、慌てて‘パッ’っと目を開けた。

 自分の鼻の頭に、か細くしゃべったプルツーの吐息が感じられたからだ。

 「な、な、な、な・・・プルツー」

 目の前のプルツーを見て、驚きのあまり1オクターブ高い声を上げた。

 何故なら、そこにはプルツーの顔は無く、あったのは‘目と鼻’ぐらいだったからだ。

 その驚きのまま、後ずさりした。が、座ったままの体制だった為に、そのまま頭から地面に転んでしまった。

 ‘ゴツン’

 しかし、音の割には大したことはなさそうである。

 「いって〜〜〜」

 そう言って、頭をおさえながら‘ムクッ’っと腰をおこした。

 「大丈夫か?グレミー」

 プルツーは急いで立ち上がると、グレミーの後ろに回り背中に手を当てると、起き上がるのを手伝った。

 「ゴメン、グレミー・・・あた・・・いや、私が変なことをしたばかりに・・・」

 曇った顔をして、グレミーの顔をのぞきこむ。体制の位置は、まだグレミーが尻餅をついていて、プルツーが立て膝の状態だった。

 「ん?あぁ、あれは私が悪いよ。無理な体勢のまま、後ろに下がろうとしたのだからね。でも・・・」

 話の途中で急に間をおいた。

 「今日のプルツーは、いつもと違う・・・っていうか女の子らしいっていうか・・・」

 その言葉に、プルツーの表情が少しだけ笑顔になった。

 が、

 グレミーが言った最後の一言で、表情は一変した。

 「グレミー・・・それって、どういう意味?『女の子らしい』って・・・。まるで私が女じゃないみたいじゃない!」

 ‘ガバッ’と立ち上がると、そのまま出口の方へ歩き出した。顔は怒っている。

 グレミーも慌てて立ち上がると、プルツーの後をおった。

 「傷つけてしまったのなら、ゴメン。ただ・・・」

 また一呼吸・・・。

 「『女の子らしくてイイ感じだよ』って意味で言ったつもりだけど・・・

 最後の方になるにつれて、声が小さくなり聞き取りづらかった。顔を下に向けながら言ったからである。

 (はぁ〜・・・。また・・・同じだ)

 プルツーはその言葉を聞いて、足を止めた。

 「グレミー、からかうのは よせ」

 振り返りそう言ったプルツーは、口調こそ怒っていたが、顔は笑っていた。グレミーのほうは、すでに頭を上げている。今回は、照れからの復活が早かったようである。

 「うーん、やっぱり女の子は笑顔だな・・・」

 プルツーの顔をみて‘ウンウン’と首を縦に振り、シミジミと言った。

 「ちょっと、まてグレミー。まさかグレミーまで、一部のお客さんみたいに『萌え〜』って感じたんじゃないでしょうね!」

 目が本気だった。

 「そ、そんなことあるか〜い」

 「ふーん・・・じゃあ、私の目を見て言える?」

 イタズラっぽい目つきでいった。

 「よーし、言ってやろうじゃん!」

 売り言葉に買い言葉・・・。もう子供のケンカである。

 何の前触れもなく、いきなりグレミーは‘スッ’と目の位置をプルツーの高さまで落とした。

 ‘ドキッ’ プルツーの顔が赤くなる・・・。

 「・・・絶対、そ、そん・・・。 ダメだぁ〜。女の子の顔を見てまともに話せないぃっ」

 顔を真っ赤にして、目に半分涙を浮かべていた・・・。

 その表情を見たプルツーは‘クッ’と笑って

 「冗談だ。信じるよ、グレミー」

 久々に見せる、満面の笑みだった。

 「本当に信じてください、プルツーさん」

 半ベソ声で、頭を下げながら、お願いをした。

 「あはははは」(プルツー&グレミー)

 二人して顔を会わせた とたんである。

 「時にして、グレミー・・・。お前そんなキャラだったか?」

 突然、プルツーが言った。

 「これは、私の『素』だ。プルツーだって、人のことは言えないだろう?」

 「わ、わたしは・・・」

 顔が真っ赤になってしまった。

 「ナイショ・・・かな?」

 今度はグレミーがイタズラっぽく言った。

 「お願いします、グレミーさん」

 さっきのグレミーの真似をして、プルツーが答えた。

 「アハハハハッ」(グレミー&プルツー)

 また顔を見合わせて、大笑い。

 「じゃ、帰ろうか」

 グレミーがそういうと、小さく‘うん’言って、首を立てに振った。(これも小さく振った)

 「って、あ〜〜」

 グレミーは、急に大きな声をだした。

 「どうした?グレミー」

 「プルに連絡するの・・・忘れた・・・」

 グレミーは慌てて携帯電話を取り出すと、ソッコーでプルに連絡をした。

 「グレミー・・・プルの奴 怒るぞ」

 それは、とても冷ややかで寒い口調だった。

 しかしその口調とはうらはらで、目はとても温かく優しかった。

 (グレミーって、やっぱり『そんな』キャラだよ)









―あとがき―


 やっと、この話も完結です。
 開始から終了まで、ちょっと時間が空きましたね・・・。(大汗)
 他にも、全然別の話を思いついちゃって・・・。
 うわぁ〜・・・。最低な言い訳だなぁ、自分。(爆)
 最後の方は、キャラが勝手に動いてくれたおかげで、サクッっと進みました。そこまで行くのに、何度「赤い顔」をしながら書いたことか・・・。(笑)

 しかし、キャラの性格が一貫していないなぁ・・・。
 最初はそんなつもりがなかったのに、こうなっちゃうんですもん。(笑)
 まぁ、こうなったのも全ては「グレミー」が原因なんですけど・・・。

 それは、「グレミーには、プルツーを作ってしまった‘罪’を償うこと」

 それが大きな原因です。『彼は「プル」と「プルツー」という二人の少女を不幸にした』というZZ史上最大の‘罪’を償うこと。(笑)贖罪をしなくてはいけません。(爆)

 贖罪とは・・・
 ―犠牲や代償を捧げることによって罪過をあがなうこと。― 〜広辞苑より一部抜粋〜

 だそうです。グレミーには何を捧げてもらいましょうか?(爆)

 グレミー、プル、プルツーは性格が思い切り変わりましたねぇ・・・。修正するつもりはないですが、この形でこれから書いていこうと思います。


 今回の話は、一部で『ブツギ』があるかもしれません。
 でも、同人誌です。文句その他罵倒などはカンベンしてください。(笑)

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 次回の話は、クリスマス頃かな?
 そして、最終回?









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