聖夜(第5幕)



 ‘トン トン’

 (イリアさんに教えてもらった部屋っていうのは、ここいいよな?)

 バーニィは自信無さげに、ドアをノックした。バーニィ自身、あまり踏み入れたことの無い最高級クラスの部屋だからだ。

 もともと、特別なことが無い限り、このクラスの部屋は埋まることはない。今回、G−ウィングスが来るので、楽屋兼ゲストルームにしたのだ。

 クリスが使っているのは、アクシズに2つある最高級クラスの内の1つである。

 「は〜い。ちょっとまってください」

 部屋の中から、クリスの声がした。

 まだ着替えている最中なのか、中から‘ガサガサ’という音と誰かと話している声がした。バーニィは、フーっと一息つくとドアから一歩離れてクリスからの返事を待った。

 ホテルの中は、暖房が効いているとはいえ、吐いた息は少し白かった。

 「もういいわよ」」

 その声を聞いて、ドアまで歩みより静かにドアノブを回した。

 「お疲れ様! ステージの袖でみていたけど、すごくよかったよ」

 ガチャっと勢いよくドアを開けると、これまた歩幅を大きくし勢いよくクリスのもとへ歩いた。
顔は、満面の笑みでまるで自分のことのように喜んでいた。

 「あら?彼氏?」

 クリスの側に立っていた女性が、バーニィの顔を‘チラリ’と見ていった。

 ‘ゴクリ’

 バーニィは、生唾を飲んだ。その女性の姿に、思わず驚いたからだ。顔形は美人なのだが、髪型と化粧、そして着ている服がとてもハデだったのだ。

 「あら?よく見ると、バーニィ君じゃない!?こんなカワイイ彼女、どこで見つけたの?」

 バーニィもよく見ないと、本当にだれだかわからなかった。その声と口調で、なんとかわかったようなものである。

 「あっ、あたしたち、恋人どうしなんかじゃないですっ」

 バーニィに向けられた質問なのに、クリスのほうが素早く答えた。両手を大きく振っての、アクション付である。

 「ど、どうしたんです、キャラさん?キャラさんって、アクシズ専属の掃除婦じゃなかった?」

 クリスに速攻否定されて、少し口調が落ち込んでしまった。

 が、それを吹っ飛ばすくらいの印象が、キャラにあったのだ。

 いつもの掃除婦の白い制服に三角巾、手にもったモップとは違う、見慣れない服(豪華なドレス)だったので、パッと見ただけでは気が付かなかったのである。

 「それは、仮の姿なのよ。バーニィ君には後でじっくり教えてあげるわ・・・」

 バーニィのほうをジッと見つめながら、色っぽい声でバーニィを誘った。本気とも冗談とも取れる声だった。

 明らかに慣れている口調だった。バーニィも時々、ニュータイプの常連客の一人に抱擁(自分より明らかに年下の青年)しているのを目撃したこともあるし、マシュマーにあのような目をして、困らせていたのも目撃した。

 「それって、どういう・・・」

 汗を、今にもだらだらと流れてきそうな感じであった。バーニィの声は、震えてるし裏返っていた。

 「それはねバーニィ君・・・」

 胸元の際どいドレスで、大胆にバーニィに耳打ちしようと近づいた。

 バーニィはカチンコチンに固まってしまい、身動きがとれなかった。‘蛇に睨まれた蛙’状態と例えるのが正しい言い方かもしれない。

 「そんなことは、あたしのいないときにして下さい!」

 そっぽを向いて言った一言は、かなり大きく、そしてトゲがある感じの声だった。

 その言葉は、バーニィにもそしてキャラにも向けられたような一言だった。

 「あら? 彼女、不機嫌ね。じゃあね、バーニィ君。邪魔者はドレスを回収して退散退散と」

 そう言って、クリスの着ていたドレスとハンガーが沢山ぶら下がったキャスター付きの道具を‘ガラガラ’と引きずって、キャラは部屋から出て行った。

 部屋は、二人きりになった。二人とも話すタイミングを探しているのか、なかなか話せないでいた。

 「バーニィさん」

 クリスが最初に口を開いた。

 「さっきのドレス係の人、バーニィさんのこと 知っているようだったけど・・・?」

 バーニィにとって、ある程度の予想はしていた質問だった。

 「えっ!?あー・・・」

 しかし突然の質問だったので、即答することはできなかったようである。

 「ふーん・・・話せないんだ」

 「そ、そんなんじゃないよ」

 クリスの言葉を聞いて、あわてて答えた。

 「あの人は、ここの専属掃除婦の人で、いつもあんな感じなんだ。マシュマーさんや、お客さん・・・たぶんキャラさんの知り合いだと思うけど にも同じ事をして困らせるのが楽しいみたいなんだ・・・」

 「ふーん・・・」

 (答えが説得になってない・・・)

 冷たく答えたクリスに、バーニィはそう感じてしまった。

 おそらく、掃除婦というところが信じてもらえないであろう。ドレスも化粧もバッチリ決まっていたのだからである。あれだけ綺麗にドレスと化粧を決めていて、「普段は掃除婦なんです」と言われても、だれも「うそ〜」と言って信じてくれないだろう。もっとも、バーニィにとってはドレスと化粧を決めたキャラの「衣装担当」の仕事のほうが信じられないのだが・・・。

 「あんなに綺麗なのに、普段は掃除婦・・・?」

 (やっぱり、その部分かぁ)

 「僕も、今日初めて知った・・・」

 クリスが、バーニィの顔を見ながら言った。まるで真贋を確かめるがごとく、真剣な眼差しで、バーニィの目を覗いた。

 「・・・分かったわ。信じるわ。バーニィさんは、そんなにウソが上手じゃないもんね」

 (確かに僕は、ウソは上手じゃないけど、そこまで性格が見透かされた・・・?それより何で僕が、クリスさんにここまで詰め寄られなきゃいけないんだ?)

 それに気が付いて、ちょっと困惑してしまったバーニィだったが、それ以上に困惑してしまうことが起きてしまった。

 「バーニィさん・・・」

 「な、な、な?!クリスさん?!」

 「ありがとう、バーニィさん。あなたが助けてくれなかったら、今の私はここにはいないわ」

 クリスが、急にバーニィに寄りかかってきたのである。あまりに突然だった為に、バーニィは言葉に詰まってしまったし、裏返ってしまった。

 クリスの表情を伺おうと、顔を見ようとしたが胸に額ごと寄りかかってるため、伺うことが出来なかった。心なし、クリスの体が少し震えていた。

 「それだけじゃないわ。あなたは、私の消えかけたいた『歌手』としての気持ちを蘇らせた・・・。そして、今夜、ステージに立たせた・・・」

 「えー、そ、それは、なりゆきというか、あーするしかあの場はしょうがなかったというか・・・」

 バーニィは、まだ困惑しているのか、上手く答えることが出来なかった。

 「とにかく、ごめんなさい。結果的にこのホテルのことに、キミを巻き込んでしまった。謝って済む問題じゃないけど、今の僕に出来ることはこれしか・・・」

 クリスの肩にそっと手を置くと、胸から引き離し、頭を下げて謝った。

 その時バーニィは、表情を伺うことができた。目に涙が見えたような気がした。

 「プッ・・・あははは」

 突然、クリスが笑い出した。

 「ごめんなさい、突然。バーニィさん、あなたが凄くいい人すぎるから、つい・・・。あなたが、あたしに謝ることなんて何一つしてないのよ。むしろ、あたしは、あなたに感謝してるくらいよ」

 ‘きょとん’としたバーニィの顔を見ながら、涙目をこすりって、いった。

 「でも、もしバーニィさんにその気があるなら、責任、とってもらおうかしら・・・」

 女性独特の‘イタズラ’っぽい目つきで、バーニィを見た。

 (ゴクリ・・・)

 その目に見つめられて、思わず生唾を飲んでしまった。

 (そういえば、あーいう目つきにって弱いよな・・・。キャラさんとかにされちゃうと、どうしても緊張してしまう・・・)

 「まずは、あの約束をはたしてもらおうかしら?」

 「約束・・・?」

 バーニィには、思い当たる‘ふし’があった訳だが、イマイチ自信がなかった。

 (だってあの約束自体、クリスさんがステージに上がるどさくさで・・・)

 「まさか、忘れた訳じゃないでしょうね?あたしを送って帰るって話じゃなかった?」

 「そ、それは覚えてます。けど・・・」

 「けど・・・何?」

 自信無さげにクリスに答えたので、聞き返したクリスの声が少しとげとげしていた。

 「あの話は、クリスさんがステージに上がる前の話だし、第一僕はクリスさんに対して、そんなことが出来る立場じゃない・・・」

 「うーん・・・」

 クリスは、腕を組んで考えるポーズをした。

 「イリアさんも言っていたでしょ?『責任の方法はキミに任せる』って。私は、あなたの出来ることで、責任を取ってもらう権利があるのよ」

 「・・・」

 バーニィは、答えることが出来なかった。確かにその件に関しては、一理あった。自分も悪いと思っているから、もしクリスから何か言われたら責任は取るつもりだ。

 (でも、それでいいのかな? もし、‘責任’があの約束だったら・・・)

 「あ〜〜もぅ、考えてもしょうがないじゃない!」

 (!!!)

 バーニィは、びっくりして目を丸くした。さっきまでのクリスの感じ(雰囲気)からは、考えられないほどの、大きな声だった。

 「あたしはもう帰る準備はバッチリよ。バーニィさん、あなたはどうなの?」

 (い、いつの間に・・・?)

 どう考えても、帰る準備が出来る時間なんて無かったように思えたのだが、クリスはバーニィと初めて会った格好をしていた。

 既に帰る準備が出来ていたクリスは、椅子から立ち上がると自分の荷物であるカバンを持った。

 「えっ?あっ・・・まだです。少し舞台の裏方を手伝っていたので・・・」

 「でも、仕事はもう終わったんでしょ?だったらもう帰れるわよね?」

 「う、うん」

 さっきから少し強気のクリスに、押され気味な感じで答えた。

 「じゃあ約束、果たしてもらうわ。一緒に帰ろう。私はロビーにいるから」

 「えっ?」

 「え、じゃない。早く準備するっ」

 手を叩いて、バーニィをあおった。

 「はいっ」

 ハキハキとした返事だった。背筋がピンと伸び、軍隊で上官からの命令を受けた下士官のごとくシャッキとした姿勢になった。

 「最後に、女の子をあんまり待たせちゃだめよ」

 部屋から出るバーニィの背中に向けて、トドメを刺すような一言だった。
















―あとがき―

 やっと終わった感じ^^;

 いろいろありましたが、終了です。えらく強引ですが(汗)

 今年中(2002年中)の完成が、大幅に遅れ今になって、やっと完成です。

 表現不足で、足りない部分は皆様のご想像にお任せする部分が多かったと思います。

 しかし、バーニィ君の心中は複雑だと思います。

 果たさなければならない責任が、自分から言い出した「クリスを送っていくこと」なんですから。普通の人にとっては、ラッキーな話ですが、バーニィ君は真面目ですから^^

 ペナルティになるようなものなら、迷わず受けたと思いますが、自分にプラスになるような責任の取り方は、抵抗があったのでしょう。

 自分に文才があれば、その辺の心理も上手く描写できたのですが・・・

 やはり皆様のご想像にお任せするしかないです・・・。



 本作品がとりあえず、最後の作品です。ネタが切れてしまったので、またどこかでよいネタがありましたら、また書こうと思っています。

 では、皆様

 次回の作品でまたお会いいたしましょう・・・






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