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店先 味噌を仕込んだ大桶  当店は「越中おわら節」で有名な八尾町(旧町)の山手の方に位置しています
 創業百二十年の伝統を守る小さな味噌屋です
 小さいながらも天然醸造と原料にこだわり、仕込みから出荷までを全て手造りで行っています
 美味しい味噌は、こうじのあんばいに大きく左右されます
 最高のこうじを造り出し、大豆とあわせる昔ながらの製法で今もその味を大切に守り続けています

いらっしゃいませ!店内の様子をご案内します!


水上芳一  当店の昔から現在に至るまでを紹介します
(平成14年2月に発刊された「八尾風だより3」より)

発酵トーク[三]

水上芳一 [越中山吹味噌醸造元 水上芳一商店]


<じっくりと熟成した天然醸造の味噌は生きとるんや。>

 雑穀からあらゆる生活雑貨を行商で広く商ってきた。
 時代の流れとともに商いは姿を変え、店先の通りも山の暮らしを支えた昔とはガラリと姿を変えた。
 店では、糀づくりからみそとしての仕上げまで、すべて行っています。

@ 明治からの道具が目印
こうじ・味噌・雑穀や柿までの手広い商いから味噌やへ
B 近県への行商の足跡も残っている
C 二代目芳一を襲名
D 他所にはないキレイな桶の味噌づくり
E 一粒一粒にこうじの花が咲く
F ホンモノの甘酒を振る舞った
G 生きた味噌を1年じっくり熟成させる
H 先手先手のアイディアで商売
I 県外からの注文うれしくて


秤

@ 明治からの道具が目印

 店頭に、 昔から使っていた棒ばかり・皿ばかり・一斗枡・一合枡・一升枡・五つ玉のそろばん・明治時代の粉ぬか通し・昔からの当座帳を並べて、 展示コーナーみたいに置いとるがだちゃ。
 昔の人は、当座帳も筆で書いていたんだね。
 和紙の帳面が三年ほど前に蔵から出てきて、木箱にきちんと入っていたのでよごれも少なかった。
 富山県内一円から県境を超えて能登の地名や町内の人の名前もあった。

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大福帳 大福帳表紙

こうじ・味噌・雑穀や柿までの手広い商いから味噌やへ

 昔は家庭で味噌を作る人が多かったから、 こうじを中心に味噌も作っていた。
 その傍らで、山の人から渋柿を買い、柿渋をつくっていた。柿渋・つるし柿・芋・大豆とかを扱って町の店などに卸していた。
 酒屋をして42年になる
が、酒の免許取得は大変難しい。
 うちは味噌醸造をしていたので、すぐに取ることができた。結局今は、こうじと味噌と酒類が業種として残っている。
 正間のダムが出来て「おらんとこの家が、水に沈んでしまう」と言って山の人がみんな下へ出られ、気がつくと、山に百軒ほどあった家が十軒ほどになってしまった。
 それまでは、うちの前を通らんにゃ下へ出られなかったけど、あっちにもこっちにも新しい道が出来て、大事な旧町繁華街に人も車もすくなくなった。

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B 近県への行商の足跡も残っている

 父(芳一)の時代は、さわし柿を作っていた。人を頼んで荷車を2台・3台と 富山へ 商いに行っていた。
 季節々々に車で 砺波の出町 の方からナスやキュウリを仕入れ、 神岡、古川 あたりまで売りに行っていた。
  山田村 から来る藁のムシロとか、串柿。 吉友村 からでるナタ袋・カンジキ・ハバキ・竹細工など山から出る物は全部扱っていた。
 昔の物は手作りだし丈夫だったからね。

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C 二代目芳一を襲名

 当店は創業120年。初代は幾次郎。
 二代目は親父(芳一)。三代目は私。四代目は息子の修一。
 親父は、昭和42年に亡くなり、 3代目の一人息子の私(公一)が2代目の(芳一)を襲名したがです。
 私が36才の7月頃で 富山の家庭裁判所に何度も足を運び、何書類もの書類を提出したがです。
 父(芳一)の名前の入ったレッテルや伝票、お客さんからの注文書等何通も持って行ったもので、月日を掛けて襲名することが出来たがだちゃ。

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水上修一

D 他所にはないキレイな桶の味噌づくり

 今はステンレスの桶が多くなったけど、昔大きな酒屋さんが辞められたときに、そこの酒桶を分けてもらってねえ。
 中にはこわしてあった桶が何本もあったが、ばんごうもちゃんと書いてあって、組み立てるのには、一枚一枚の板を竹くぎでつなぎ合わせ、丸い桶にしたもんだちゃ。
 竹の輪は室牧の下の茗から分けてもらって、全部工場で組み立てたがだちゃ。
 今は、桶の輪の入れ替えをする職人も八尾にはいなくなり、富山から桶屋さんを頼んで来てもろとるちゃ。
 味噌の桶は大きくて、とてもじゃないがひっくり返すことなんか出んから、中に入って洗うんだけど、 うちの桶は内側の面を洗うと鏡みたいに顔が映って見えるちゃ。外側は、昔柿渋やってたからベン柄塗って艶のあるきれいな桶ながだちゃ。

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米糀

E 一粒一粒にこうじの花が咲く

 糀をつくるおり(折箱)も年代もんで、飛騨の方で作った物みたいです。杉系統の木でしょうね。わっぱみたいにしてサクラの皮で留めてある。
 今じゃこういう職人がおらんようになってしもうて、私が修理しとるがだちゃ。
 夏場の7・8月にこうじのおり(折箱)やこうじに使う道具を洗って、室の中も道具も消毒します。こうじは湿気があっても乾燥してもアカンしね。
 昔の人がよく口にしておられたけど「栗の花が咲いたような匂いがせんにゃアカン」。  一粒一粒の米こうじに真っ白い胞子がついて、花が咲いたように見えるのが良いこうじですよ。

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F ホンモノの甘酒を振る舞った

 こうじを買いに来る人は少なくなったね。
 昔はどぶろくを作る人がいたので、税務署から帳簿がきて、どこそこの誰某が買っていったかを書いていたもんです。
 甘酒もかぶら寿しも昔ながらの伝統を継いで作ると旨くなりますよ。
 今の人たちは、酒の粕を溶かいて砂糖を入れて、こうじの匂いもせんもんを「甘酒」と思って飲んどるようですけどねえ。
 一昨年の坂の町アートで、作家の方に座敷の方まで開放したときに、 こうじで作った甘酒を無料で振る舞ったがです。
 あれが本当の甘酒。口に入る前に発酵した甘酒の匂いがせんとダメ。
 あん時ね、何百人来られたかな・・・・・何回も回って飲みに来られた方もおられたねえ。

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工場

G 生きた味噌を1年じっくり熟成させる

 うちのみそは、企業秘密も少しはありますが、昔からうちうちで作っておられたやり方で、大きい桶に入れて仕込んでいる。ご飯も一度にたくさん炊いたほうが美味しくなるように、大きい桶でやった方がもっと美味しくなるんですよ。
 たくさん入れたこうじが発酵するからでしょうねえ。
 うちの味噌は天然醸造で1年じっくり熟成させているので、1年中発酵しているのがわかるちゃ。
 夏場は色が少し変色するけど味はかわらん。夏にきてみられ、桶のふちからプチプチ泡ふいて飛んでくるちゃ。酒みたいにブクブクはせんけども、耳立てりゃプチプチ音するよ。
 うちには温醸施設がないから新しい商品を開発しようにも1年経たんにゃ結果が分からんがだちゃ。例えば減塩志向に応えて塩を5キロにしようとか、3キロにしようとか、研究所も持たんしね。
 親父がよく「味噌やは、死ぬが死ぬまで勉強だぞ」と言うとったのは、そういうところにあるがだちゃ。

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H 先手先手のアイディアで商売

 昔なら、水上の味噌とか屋号の八丁屋の味噌とか呼ばれたけど、だんだんみんなが「山吹味噌」と呼ぶようになってきたがです。
 昔は、それぞれの家で採った豆で味噌を作っていたが、それもだんだん少なくなり、味噌を袋づめにして八百屋やスーパーに卸すようになったがです。
 最初は、山吹味噌の袋にしていたのが、八尾らしい「おわらの絵」を入れたりして1キロパックにして出すようになったがです。
 そのうちだんだん「おわら」が有名になって全国から人が来るようになったね。
 4・5年前には、「おわら風の盆」の登録商標も取ったしね。
 最初は、「おわら」と「風の盆」は別の言葉だと言われてはねられ何年も掛かった。
 役場・商工会・観光協会に署名してもらって、昔から地元では「おわら風の盆は、つながっている一つの言葉だ」と意義申し立てました。おかげさまで看板も上げられるようになりました。

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山吹味噌

I 県外からの注文うれしくて

 おかげさまで、名前も顔も知らない遠い県外からも注文が来るようになった。
 お土産とか贈答品にもらった人たちが「今までこんな美味しい味噌食べたことがない」と注文してきて下さる。
 それから「風の盆に来た方にね、「だまされた思うて食べてみられ「天然醸造で美味しいですよ」と言って買ってもらう。味噌なんて重いからせいぜい買っても1袋づつですよ。
 でも「旨かった」言うて電話が掛かってくる。そんな人達の口コミのおかげで風の盆のお土産にと、送り荷もずいぶん増えましたちゃ。
 去年も「だまされて買ってみたら、本当に美味しかった」とこういうお客様が一年ごとに増えてきてね。
 うちとすりゃ、嬉しいて嬉しいて、一生懸命に期待に沿うような味噌を造っとるがでね。いつも「どこにも負けられん」思うて自分とこなりにガンバッとるがだちゃ。
 今では、お中元やお歳暮にもたくさん注文をいただくようになったんでねえ。
 10数年前までは、うちの前なんか風の盆でも晩10時頃には、ネコの子1匹通らなんだ。それがいまでは、夜中の2時3時まで人通りがあるし、ビール箱で腰掛ける場所を作ったり、ライトアップしたり、生ビールを出したりしてね、そりゃあ賑やかになったちゃ。
 店の宣伝に味噌汁をだしたらとアイディアをくれた人がいて、今年は味噌汁と甘酒を出してみようかなと考えとるがでねえ。甘酒は温ったかくても、冷たくても美味しいしね。今から思案をしています。

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