旅立ち
それは、少女が16歳になった日のことだった。
〜ほら、早く起きなさい。今日は大事な日でしょ?〜
〜また寝ぼけて〜。昨日、興奮して眠れなかったんでしょ?しょうがない子ねまったく〜
(お母さん、あたしのこと心配してるだろうなぁ・・・)
少女は、母のことを考えていた。いつも自分のことを思っていてくれている母のことを・・・。
「コホン・・・。聞いていますかな 勇者殿?」
「は、はいっ・・・。ゴメンなさい」
‘勇者殿’と呼ばれた少女は、立っている男性の突然の呼びかけに、シドロモドロになり驚きを隠せなかった。
恐る恐る顔を上げてみると、二人の壮年の男性は、怒っている様子はなく、むしろクスクスと笑をこらえているようだった。
「ちせよ、お前の父は勇敢に戦い、火山に落ちて亡くなったと聞く」
玉座の王が、跪いている少女―ちせ―に言った。
ちせは何も言わず、首を縦にふった。
「その父の意思を継ぎ、アリアハンを旅立つ訳は?」
王は、ちせに問いただした。その鋭い眼光は、勇者ちせの心の内を全て見透かすようだった。
「魔王バラモスを倒すこと・・・
「・・・やはり、あの父にしてこの子ありか・・・。その言葉、待っていたぞ」
王は急に立ち上がると、先ほどから王の脇に立っていたもう一人の男性に命じた。
「大臣、例のものを・・・」
「はっ」
そう言って、大臣は奥へさがった。
「勇者ちせよ、我々に出来ることと言えば、こんなことぐらいしかない。許せよ」
王はそう言って、頭を下げた。あまりに珍しいその行為は、王という立場ではなく、一人の男としての姿であった。
間もなく大臣が戻ると、手には箱と、後ろには二人の男性を連れていた。二人の男性は、年も若く立派な鎧を見に着けていた。一目で騎士とわかった。
「勇者殿、これは王からであります」
ちせは、大臣から手渡された箱を開けてみた。中には、旅に必要な道具と少しの金貨が入っていた。
「王様・・・ありがとうございます」
感謝と感激が入り混じった声だった。目には今にもこぼれそうな涙が浮かんでいた。
「礼ならよい。我々が出来る、数少ない事だ。そして、少し紹介が遅れたが、二人の部下を付ける」
王はそう言って、二人の騎士をちせの前に紹介した。
「初めまして、勇者殿。私はアリアハン騎士団で隊長を務めております『テツ』と申します。王より勇者殿の護衛を命ぜられました。どうぞよろしく」
‘テツ’と名乗った騎士は、ちせの前で深く礼をした。
「私は、テツ隊長の部下で『ナカムラ』と申します。隊長と同じく、王より勇者殿を守る命を受けております」
ナカムラもまた、深く礼をした。
「は、初めまして。こ、こちらこそよろしく・・・」
二人のあまりにも丁寧な態度に対しして、そのような状況になれていないちせは、言葉を詰まらせてしまい、「礼」も「会釈」程度になってしまった。
その場にいた四人は、ちせのその仕草に苦笑いをした。
王と大臣は2度目なので何とか耐えしのいだのだが、テツと、特にナカムラがひどく今にも声に出して笑
いそうだった
「コラッ!」
テツは何とか笑をこらえて、怒鳴った。そのまま、ナカムラの頭を殴ると、さらに言葉を続けた。
「自分と部下の非礼、お詫びいたします」
真剣な顔つきで謝り、先程と同じくらい深く頭を下げた。
「勇者ちせよ、誰しも王の前となると緊張するものだ。まして初めて会うとなれば尚のこと。最初に言っておけばよかったですな。“肩の力を抜いて、緊張しなくてもよい”と」
真っ赤に照っているちせの顔を見て、大臣は優しく微笑んだ。
「うむ。大臣の言う通りだ。許せよ勇者殿。この場の四人の代表として非礼を改めて謝らせてもらう」
今度は、王が深く頭を下げた。
他の三人も、王の仕草を見て深く頭を下げた。
「王様、そんな・・・」
一国の王とは思えないほどの丁寧な態度に、ちせはどうしていいのか困ってしまった。
ちせは顔にハッキリと出るタイプなのか、王と大臣もそれに気が付き、顔を見合わせて苦笑いをした。
テツとナカムラも同じく、ちせのその姿にどうしていいか困ってしまった。
「勇者殿、少し話がそれましたな」
「いえ、私こそ変に緊張しまして、ごめんな・・・いえ 申し訳ございません」
王の言葉に、ちせは皆と同じくらい深く頭をさげた。先程とは異なり、大臣の言葉が効いたのか言葉を訂正したり、礼を深くしているところを見ると、緊張は大分とけたようである。
「勇者殿、必ずや魔王を倒し、このアリアハンと世界を救ってくれ」
力強く言った王の言葉は、期待を書ける激励の言葉ではなく、むしろ‘願い’に近かった。
言葉のさらに奥に、希なる望みが感じられたが、その場の全員も、そして王自身もそれに気が付くことは出来なかった。
「はい 王様。必ず果たして見せます」
使命と熱意に満ちている、濁りのない目で答えた。
「では、行くがよい」
「はい」
そう言うと、跪いていた状態から‘スッ’と立ち上がり、王に一礼をするとそのまま歩き出し、謁見の間の出口へと向かった。
二人の騎士も、後に続いてちせを追った。
数名の兵士と大臣しかいない謁見の間に、扉の閉まる重い音が響いた。
「・・・私は」
扉の余韻がまだ始まったばかりのときだった。
「私は、勇者に二人の騎士を付けた。しかし、それは結果的に勇者を裏切ってしまうことになる・・・」
一瞬、ちせの笑顔が王の頭をよぎった。
王は自分の下した命令に、後悔と悲痛な思いを感じていた。
「世界を救う為なのか?それとも自らが可愛いからか? どちらにしても、私は鬼になった・・・」
目から涙を流し、頭を抱えて苦しんでいる・・・。その場にいた全員が、王の姿に驚いてしまった。
何人かの兵士が王の異変に気が付き、近づこうとしたが、大臣がそれを止めた。
大臣は‘なんでもない’と声を上げると、そのまま続けて命令を出し、その場にいる兵士全員を部屋の外へ出るよう言った。
兵士全員が部屋の外に出るのに、そう時間は掛からなかった。今、謁見の間には、王と大臣の二人だけである。
「王様のお気持ちは、私も分かります。しかし、勇者はその‘力’に目覚めておりません。その為の二人なのです。二人もそれは、十分わかっています。・・・仕方のないことだと思います」
大臣は、静かに答えた。拳から血が出るほど力強く握りしめ、辛そうな顔で・・・。
扉の閉まる音は、まだ響いていた。それは、ちせ達が出て行ったときよりも、さらに重く深い音だった。
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