北へ・・・

 一行がアリアハンを出るころには、すでに日が西に傾いていた。

 「アケミよ〜・・・。やっぱお前がワリーわ」」

 「やっぱり、あたしですか・・・?」

 トゲのあるテツの言葉に、アケミは苦笑いで答えることしかできなかった。

 「どー考えても買い物をしてなきゃ、もっと早い時間にアリアハンを出られたはずだ」

 「旅に必要な道具で、足りない物を買っていただけじゃないっ」

 自分に‘も’責任があると感じてはいるが、テツの言い方にアケミは思わず喰ってかかってしまった。

 「つーか、道具足りてねーの、お前だけだし・・・」

 「そーなのよね〜。あわてて出てきちゃったからね〜。お陰で路銀が無くなっちゃった」

 両方の手の平を上に向けて、テツはあきれ返っていた。

 アケミもまた、サイフを逆さまにして、悲しい表情を浮かべていた。

 ‘プ・・・’

 ちせはこらえきれずに、吹き出してしまった。

 「二人とも、同じ道場出身だから、仲いいですね〜♪」

 「勇者殿、勘違いは困ります。アケミと一緒にしないで下さい」

 えらく真面目な顔で答えた。

 「ちせ、あたしをテツ先輩と同じにしないでくれる!」

 目を吊り上げて怒っているものの、本当に怒っているとは見えなかった。

 そういうのは、付き合いが長いので、ちせにはすぐに分かった。

 アケミの態度から察するに、テツも本気ではないことが、すぐに分かった。

 「あっ、なんか微妙に俺 カヤの外だし〜」

 三人に向かって、ナカムラが言った。

 口を尖らせていたが、やはり二人同様怒ってはいない。

 「ごめんなさい、ナカムラさん」

 ちせが真剣な顔で謝った。

 「うわっ。自分にそんな気を使わないで下さい。次の街、レーべに行くまでには、みんなに溶け込んでみます」

 ナカムラはそう言って、小さくガッツポーズをした。

 ‘アハハ’

 三人は、ナカムラのそのポーズを見て笑い出した。

 自分のポーズ(別にそんなにおかしくはないのだが・・・)が、何故面白いのか、ナカムラはわからなかったが、三人につられて、自分も笑い出した。

 「勇者殿、ご覧の通り、ナカムラはこんな性格ですから、緊張感の欠片も無くて・・・。本当に申し訳ございません」

 「俺、ヒデー言われよう」

 ナカムラは、まるで重い物を背負ったように腰を曲げ肩を落とした。

 「あっ、ナカムラさん。その性格、あたし気持ちが落ち着くから、その・・・」

 その先は、上手く言えないでいた。ちせの顔が赤い・・・。

 「カワイイ勇者殿に、そんな事を言われると、俺、元気出ちゃうな」

 ナカムラの言葉に、さらに顔が赤くなった。

 「俺・・・そんな勇者殿にストライクです」

 ちせの表情を見て、ナカムラは‘ニンマリ’と笑顔を向けた。

 「いい加減にしないか、ナカムラ!勇者殿が、本当に困っているぞ」

 「申し訳ございませんっ」

 テツの怒鳴り声に、ナカムラは敬礼の格好をしてみせた。

 「ったく・・・謝ってるわりに、顔が笑ってるぞ」

 ナカムラのその行動に、半分諦めがあるのか、言葉にまったく力がなかった。

 「ストライクねぇ・・・。ダメよナカムラさん。ちせにはちゃんと彼氏が・・・」

 アケミは何かに気が付き、言うのを止めると、とっさに身構えた。

 テツも、アケミとほとんど差が無いくらい素早く身構えた。

 ナカムラも少し遅れて、剣を構えた。

 「ちせ、油断するとアブないわよ。気を付けて」

 「アケミ、ありがとう」

 アケミは身構えると同時に、ちせの後ろに立っていた。

 「後ろはあたしに任せていいから、ちせは前だけみてて」

 ちせは‘コクリ’とうなずくと、目の前の敵を見た。

 「隊長、スライムに囲まれました。マズイ展開です」

 ぐるりとあたりを見回し、ナカムラは冷静に状況を説明した。

 「スライムと言えども、こうなったら油断できないぞ。みんな気をつけろ!」

 テツが声を上げたその時だった。一瞬だが、陽の光を遮る影が頭上を走り抜けた。

 「なっ!! 大ガラスか!」

 スライムよりも強い思わぬ伏兵が、これから襲わんとばかりに、上空で円を描いていた。

 「ちせ、そっち行ったよ!」

 大ガラスは方向を変えると、一気に急降下して、ちせのほうに襲い掛かってきた。

 ‘シャキン’

 大ガラスと交錯する瞬間、ちせは背中の剣を抜いた。しかし、ちせの曲刀は、大ガラスに当たらず空を斬った。

 「くっ・・・思った以上に速い!」

 逆に大ガラスから一撃をもらってしまい、少しよろめき膝をついた。

 「大丈夫!?ちせ」

 戦闘中にもかかわらず、アケミが心配そうな声をあげた。

 「うん、大丈夫。かすっただけ。アケミは?」

 「あたし?あたしは、この‘カモシカ’のような足で、スライムを一蹴よ」

 そう言ってアケミは、自分の足を‘パン’と軽く叩いて見せた。

 「‘カモシカの様な足’って良い例えだったよな?」

 「はい。どーひいき目に見ても、アケミちゃんの例えは間違っています」

 テツとナカムラは顔を見合わせて、改めて確認しあった。

 二人とも、すでにスライムを撃破していた。

 テツは一撃必殺のたった二降りで、二匹のスライムを倒した。

 ナカムラも、テツほどの凄さは無かったが、かわして当てる無難な攻撃で二匹のスライムを倒した。

 「二人とも覚えておきなさい・・・って ちせ!」

 皆は一斉にちせの方を見た。すでに体勢は立て直しており、正面に大ガラスを捉えていた。

 大ガラスのほうも、もう一度上昇し、再び急降下して勇者に狙いを定めた。

 (父さん・・・)

 ちせは鞘に曲刀を納めると、目を閉じて父の言葉を思い出していた。

 〜いいか?動きの早い相手を倒す時は、相手から最後まで目を離さないことだ。大抵の相手目で追える。まぁ‘大抵’ってことは例外もあるんだがな・・・〜

 ちせは目を開くと、大ガラスの動きを追った。動き、クセ、そして・・・

 (来るっ!)

 その攻撃を仕掛ける瞬間を!

 先程よりも勢いを増して真正面から突撃してくる大ガラスに対し、一気に剣を抜き撃った!

 (ダメだっ!振り遅れだ)

 テツは、瞬間的にそう思った。大ガラスの突撃速度を考えると、ちせが剣を抜いたタイミングでは、大ガラスが間合いの内側に入りすぎて致命打になることはない。

 ちせの剣が空を斬った。大ガラスの攻撃も当たらなかったのか、そのまま横を抜けていった。

 剣を一回振り払うと、何も無かったように、そのまま鞘に納めた。

 ‘ガァァァァ〜’

 鞘に納めると同時に、高度を取ってもう一度攻撃を仕掛けようとした大ガラスが、断末魔の叫びとともに、キリモミ状に落下して地面に激突した。

 大ガラスは、腹部を鮮やかに斬られていた。大ガラス自身、斬られていたこともわからないくらい・・・。

 「す、すごいよ、ちせ。あたし今メチャクチャ驚いたわ」

 今までのちせの行動からは、想像することは出来なかった。

 皆、言葉を発することが出来なかったが、アケミが何とかその空気を破った。

 そう言われて、ちせは自分が倒した、大ガラスを見た。

 「や、やだなぁ・・・。偶然だよ」

 ちせは‘ポリポリ’頭を掻き、照れながら言った。

 (偶然なもんか。あれは、完全に振り遅れのタイミングだった。それを、剣の振りの速度を速めて間に合わせやがった・・・。いや、あの技自体の剣速が、『あの速さ』なのか・・・?)

 テツは、この状況を素直に喜べないでいた。

 (ん?)

 チラリと目線を変えると、ナカムラもまた複雑な顔をしていた。

 「いや〜 本当にすごかったよ。さすがは勇者殿だ」

 「ナカムラさんまで・・・」

 さらに顔まで赤くして、何も言えなくなっていた。

 「でも・・・勇者殿に彼氏がいるって本当・・・?」

 真剣な目をしていたナカムラが、涙を出しそうなくらい悲しい顔に変わっていた。

 (あの野郎〜。まさかそのことを考えていて真面目な顔をしていたのか!?)

 テツはガックリ肩を落とした。

 「アホ〜 ナカムラっ。いい大人がマジ泣きするな。だいたい今どきの年頃の女の子に彼氏がいないのが不思議だっての」

 ナカムラの方ではなく、アケミの方を見て言った。

 「やっぱ、二人ともシメてあげるから、覚えてなさい」

 拳をバキバキ鳴らしながら、テツとナカムラを睨んだ。

 三人のやりとりを見て、吹き出しそうな笑を、ちせは抑えるのに必至だった。

 しかし、ちせはその雰囲気で気が付かなかった。アケミの目が本気だったことを・・・。

 その後二人はアケミに・・・

 こ、これ以上先は、皆様のご想像にお任せします(笑)






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