ここで生まれ育ち暮らしてきた。
水無瀬
輝美さん
水無瀬さん(大正15年生)は、大長谷で生まれずっと
村の歴史や時代の移り変わりを見てきた人だ。
若い頃は長年にわたり植林や伐採などの山仕事をしていた。戦前は炭焼きや紙漉きも多かったようだ。車も長靴も無い時代、冬の雪の中でワラジを履いての木の切り出しの大変さなどは、なかなか想像もできない。
息子さんと一緒に肉牛を90頭近く飼っていた時期もあったが、これもなかなか採算が合わない時代になってしまったようだ。
「戦後は300戸くらい家があった。2000人近くはおったと思う。そりゃあにぎやかだったなぁ
」
「今はめっきり人も少なくなってさびしいのぉ」
「この村の人たちは、ずっと昔からお互い助け合って暮らしてきたんじゃよ」
水無瀬さんは、自治会長を務めていた平成元年には、祖先の足跡を長く後世に残すべく、3年余りの年月をかて「大長谷郷土誌」を発刊した。
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