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婦負の開祖神

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〒939-2304 富山県富山市八尾町黒田3166

八尾町史より - From Yatsuo-town history book

八尾町史(やつおちょうし)とは

 「八尾町史」は昭和42年8月に、当時の八尾町役場より発行された書籍です。その後、「続・八尾町史」も発行されていますが、ここでは前者の「神社と寺院」というセクションに記述されている、杉原神社の由緒等をそのまま抜き出して紹介させていただきます。ちなみに、「八尾町史」の編纂事務局、および「民俗」と「神社と寺院」の項の執筆を担当していたのが、先々代の杉原神社の宮司なのです。

八尾町史より抜粋

杉原神社
鎮座地:黒田3928番地
祭神 :杉原神。相殿神に、誉田別尊・水分神・建御名方神・菅原道真公
由緒 :文武天皇大宝二年(七〇二)六月創立といわれる。杉原野の開祖である杉原彦命・木祖神を郷長小右衛門なる者が杉原野守護神として、己が邸内に奉斎していたが、この地方に疫病が流行するにいたったので、郷民が小右衛門に願い出て一祠を建立して衆人が参拝し、名づけて「郷の明神」と称されたと伝えられた。のち清和天皇貞観五年(八六三)八月十五日「越中国正六位上、杉原神ニ従五位下ヲ授ケラレタ」社である。天文二十一年(一五五二)に至り、越後の上杉謙信が井田城攻略の時、井田城主斎藤氏が天神林において防戦の際、社殿が戦火に罹り消失したが、再建されて岩住村産土神杉原大明神と称されたようである。天和二年(一六八二)三月二日、この岩住村が黒田・寺家・浜ノ子の三ヶ村に分村したので、産土社の所在地を黒田村に定めて、社領一、五三四歩をもって別当長久寺が奉仕してきた社である。のち元文五年(一七四〇)出火により再び社殿を焼失したので、文化五年(一八〇八)再建されて、従来末社あった、八幡宮・水神社・諏訪社・天満宮の四社を合祀した神社である。
 現在の本殿は天保十四年(一八四三)三月十六日黒田・寺家・浜ノ子の三ヶ村で五拾六貫七百四拾文で修復されたことが記録されている。明治四十年神饌幣帛共進神社に指定された。
本殿 :前口一間  奥行一間  流造(ながれづくり)
拝殿 :前口二間半 奥行四間  吾妻造
幣殿 :前口二間半 奥行一間半
境内 :七五三坪二合五勺
氏子数:一三〇戸
例祭 :四月七日

バナースペース

延喜式内 杉原神社

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